∞赤兎馬∞一日に千里を駆け抜けるは疾風の如く∞三国志∞

2008年12月11日




・『三国志』の中の赤兎馬
呂布の剛勇と併せて「人中に呂布あり、馬中に赤兎あり」と賞されたという。赤兎馬が登場するのはこの一文だけだが、正史にその名を留めたのであるからよほどの名馬だったのだろうと推測される。

・ 『三国志演義』の中の赤兎馬
『三国志演義』によると赤兎馬は稀代の名馬で、一日に千里[1]を駆けることができた。
はじめ董卓が持っていたが、呂布とその養父の丁原を離間させるために李粛の策で呂布に贈られた。呂布はその見返りに丁原を殺し董卓に仕えたが、赤兎馬は後に呂布を討った曹操の手に移る。しかし赤兎馬は気性が荒く誰にも乗りこなせずにいた。あるとき関羽に心酔した曹操は「貴殿なら乗りこなせるだろう」と赤兎馬を関羽に与えたところ、彼は見事にそれを乗りこなした。さらに、それまで何を贈っても喜ばなかった関羽が大喜びしたので、曹操はその理由を尋ねた。関羽は「この馬ならどんなに遠くとも兄者(劉備)の居所が分かればすぐに飛んでいくことができるでしょう」と答えたため、曹操は改めてその忠義ぶりを思い知った一方、後悔したともいう。後に関羽が処刑された後、呉の馬忠に与えられたが、馬草を食わなくなって死んだという。

・『水滸伝』の中の赤兎馬
『水滸伝』では関羽の子孫[2]という設定の関勝も、関羽のように赤兎馬に乗って戦場に出陣する話がある。

(赤兎馬 - Wikipediaより引用抜粋)



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